最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)72号 判決 1997年10月14日
和歌山市黒田七五番地の二
上告人
財団法人雑賀技術研究所
右代表者理事
中西豊
右訴訟代理人弁護士
宇佐美貴史
同弁理士
柳野隆生
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 荒井寿光
右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第一〇四号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年一月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人宇佐美貴史、同柳野隆生の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難し、原審の認定しない事実に基づいて原判決を論難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)
(平成六年(行ツ)第七二号 上告人 財団法人雑賀技術研究所)
上告代理人宇佐美貴史、同柳野隆生の上告理由
一 特許庁および東京高等裁判所における手続きの経緯
上告人は、発明の名称を「穀物用のバケットコンベアー」とする発明(以下「本願発明」という)につき、昭和五七年三月一一日特許出願(昭和五七年特許願第三九一一四号)をしたところ、昭和六二年四月八日に拒絶査定を受け、同年七月七日、これに対して審判を請求した。
特許庁は、右請求を同庁同年審判第一二一六一号事件として審理した上、平成二年六月一一日の出願公告決定の後、平成三年一月二一日の特許異議申立てを経て、平成四年三月二六日、「本件審判の請求は、成り立たない」旨の審決をし、その謄本は、平成四年四月二一日、上告人に送達された。
上告人は、「昭和六二年審判第一二一六一号事件における審決を取り消す」との趣旨の訴えを、東京高等裁判所に提出した。
東京高等裁判所は、本件を平成四年行ケ第一〇四号審決取消請求事件として審理した上、平成六年一月一八日「原告の請求を棄却する」旨の判決(以下「本件判決」という)をした。
二 本願発明の要旨
本願発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載されている如く、「多数のバケットを取付けた環状のベルトを上下のプーリーに掛け渡した直立型のバケットコンベアーに於て、上部プーリーのところを、バケットが円弧移動する時、上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さを、上部プーリーの半径の一.二倍以上とし、上部プーリーのところを円弧状に通過する際の、バケットの開口縁外方端の周速を毎秒一.八m以上とした穀物用のバケットコンベアー。」であり、このような構成としたことにより、「本発明のバケットコンベアーでは、バケットからの被搬送物の排出を慣性分離方式によって行うので、バケットの円弧運動時の周速がかなり遅くても、バケット内の被搬送物をアゴ板の排出口の方に確実に放出できる。また、バケットからの放出時の初速度が低く、且つ、アゴ板までの距離が短いので、被搬送物がアゴ板に衝突する時の速度が低く、衝突時の衝突を穀物の耐衝撃限界内に止めることができ、穀物に傷みを与えることなく搬送可能である。更に、この結果、搬送に伴う、砕穀や食味の低下を防止でき、且つ、アゴ板での衝突騒音を減少させることができる。」という、本願特有の効果を得るものである。
三 原判決理由の要点
原判決は本件出願人と特許庁の間における争点であるところの、上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さ関係の技術的意義と、上部プーリーにおけるバケットの周速についての技術的意義において、以下のような要点によって特許庁審決を維持し、本願発明における数値限定は当業者が容易になしうるとして、特許庁審決に違法がないと判決した。
(一)上部プーリーの外周縁から開口縁外方端までの長さ関係について
「上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さを、上部プーリーの半径の1.2倍以上」と限定した技術的意義(相違点一について)は、バケットが上部プーリーの位置で旋回運動から直線運動に移る時にバケットに生ずる減速作用によって慣性力を得、この慣性力を利用することによって、バケット内の穀物を確実に放出することを可能ならしめる点に存するものと考えられる。してみると、前記の減速作用によって生ずる慣性力を利用して被搬送物をバケットから放出するものである以上、被搬送物である穀物をバケットから放出する位置は、当然減速作用によって慣性力の生ずる位置、すなわち、バケットが円弧運動から直線運動に移行する位置でなければならないはずであって、この位置以外においては、前記減速作用から生ずる慣性力を利用することはできないはずである。」とされたもの。
(二)被搬送物の放出位置の限定について
「ところで、本願明細書によれば、本願発明の特許請求の範囲の記載は前記の当事者間に争いのない本願発明の要旨と同じと認められ、この記載によれば、被搬送物のバケットからの放出位置を限定する何らの記載もない。このように、本願発明においては、上記放出位置に何らの限定がなされていないことは、特許請求の範囲の記載自体から一義的に明らかというべきである。確かに、本願明細書によれば、その発明の詳細な説明の欄には、『<作用>本発明のバケットコンベアーでは、ベルトを駆動することにより、バケットが循環移動する。バケットが下端部を旋回移動する時、被搬送物を掬い取り、上端部を旋回移動する時、穀物を放出する。この被搬送物の放出は慣性分離方式で行われる。即ち、バケットが上部プーリーの位置で旋回運動から直線運動に移る時、バケットには急減速作用が生ずる。そして、この急減速の瞬間にバケット内の穀物が慣性によってバケットから飛び出す。ただし、慣性によって穀物を確実にバケットから放出する為には、減速度が一定以上でなければならず、上部プーリー外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さを、上部プーリーの半径の1.2倍以上にすることが必要である。』(4欄15行ないし29行)との記載および上記の記載内容に沿う図面が認められ、これらの記載部分を参酌すれば、本願発明における被搬送物の放出位置は、バケットが上部プーリーの位置で旋回運動から直線運動に移る時と限定されているかのようにみえなくもないが、前記のように、本願発明の特許請求の範囲の記載において、何ら放出位置を限定していないことが明白である以上、発明の詳細な説明の欄におけるかかる記載の存在をもって被搬送物の放出位置が限定されているものとまで解釈することは相当ではないというべきである。」とされたもの。
(三)四つの排出方法の関係について
「もっとも、成立に争いのない甲第一〇号証(原告代表者作成の技術説明書)には、直立バケットコンベアの排出方式には、従来から知られている遠心排出方式、誘導排出方式及び完全排出方式の他に第4の排出方式である慣性分離方式があること、本願発明の採択した『慣性排出方式の特徴を要約すると、1.遠心力Fが小さい。2.回転の遅れの角度αが大きいの二点である。』、『遠心排出方式と異なり、慣性分離方式では、バケットがプーリーの周りを回転している間には穀物を排出しない。』、『慣性排出方式の場合、・・・バケットがプーリーの周りを回転している間は穀物を排出しないので、回転が終わった瞬間(V位置)にバケット内の穀物を全てまとめて排出口に向けて排出する。』等の記載が認められ、これらの記載によれば慣性排出方式は上記2点の特徴によって他の排出方式との区別が可能であるとしているものと解される。」とされたもの。
(四)バケットの回転遅れ角度αについて
「そして、前掲甲第一〇号証によれば、前記の『回転の遅れ角度α』とは、バケットの取り付けネジとバケット内にある穀物の重心との間の角度を意味するものであるところ(2頁1行ないし3行)、そこで、これを本願明細書の特許請求の範囲の記載はもとより他の記載を精査しても、この『回転の遅れの角度α』に言及した記載は見当たらないし、前記の『回転の遅れの角度α』の意義からすると、『回転の遅れの角度α』はバケットの大きさ、形状及び取付けの態様等の影響を受けることは明らかであるから、前記の『上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さを、上部プーリーの半径の1.2倍以上』と限定したことが、前記の慣性分離方式の特徴2に関連するとしても、上記の限定をもって、『回転の遅れの角度α』を限定したとすることはできないことは明らかというべきである。」とされたもの。
(五)バケットの周速について
「また、慣性分離方式の前記の特徴1に関連し、本願発明において、『バケットの開口縁外方端の周速を毎秒1.8m以下』と限定した点の技術的意義が問題となるところ、前掲甲第10号証には、遠心排出方式のバケットの一般的な設計においては、バケット開口縁外方端の周速について『最低でも1.8m/sとなる。』との記載(7頁9行ないし12行)が認められることからすると、本願発明の排出方式において、遠心排出方式を排除した点に意義を有するものと認めることができる。」とされたもの。
(六)バケット周速の下限値限定について
「しかしながら、前記の限定においては、『バケットの開口縁外方端の周速』の下限が何ら限定されていないことは明らかであるところ、前掲甲第10号証には『誘導排出方式では、慣性排出方式よりもさらにコンベア速度を遅くして遠心力を小さくして、穀物が背面板を滑り落ちるようにする。』(11頁15行ないし17行)との記載が認められ、この記載からも明らかなように、『バケットの開口縁外方端の周速』の下限が限定されていない前記限定では、誘導排出方式を包含するものといわざるを得ないというべきであって、この場合に被搬送物が円弧運動から直線運動に移行する以前に放出を開始することは明らかである。」とされたもの。
(七)誘導排出方式との関係について
「本願発明は、本願明細書においては慣性分離方式なる名称を使用しているが、前記認定の事実に照らすと、従来の誘導排出方式を包含することは明らかであって、その意味で従来の誘導排出方式の改良を目指した発明と解するのが相当であるところ、そうだとすれば、前記の1.2倍とする限定の技術的意義は、従来の誘導排出方式との比較において論じられるべきものであるが、かかる観点において前記限定の技術的意義を論じた証拠はなく、いずれにしても、前記数値限定の技術的意義を認めることは困難といわざるを得ない。」とされたもの。
(八)バケット周速上限値と穀物の損傷との関係について
「バケットの開口縁外方端における周速を毎秒1.8m以下と限定したことの技術的意義は、放出された被搬送物である穀物がアゴ板と衝突する際の衝撃を和げ、穀物に傷みを与えることを防止する点にあることは明らかである。ところで、バケットから放出された穀物がアゴ板に衝突する際の衝撃で傷むか否かは、穀物の種類や乾燥状態、アゴ板に衝突する時の衝突速度や衝突角度等の諸要因によって左右されるものであることは経験則上明らかであり、この点を指摘する被告の主張は正当であるが、バケットからの穀物の放出速度は、アゴ板への衝突速度を決定する前記の諸要因の中でも最も重要な要因であることも経験則上明らかである」という認定の上で、「そこで、例えば、運搬速度として、前記(完全排出型)の35m/mnをとり、上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの距離を本願明細書が従来機で一般に採用されているとする(本願明細書5欄13、14行参照)上部プーリーの半径の0.8倍として、上記式で放出速度を試算してみると、1.05m/sとなり、また、仮に本願発明の1.2倍を採用して試算しでみると、約1.28m/sとなることは明らかである。そうすると、既に、前掲乙第1号証において、本願発明よりも低速の放出速度を有するバケットコンベアーが示されているのみならず、放出速度は、前記の式自体からも明らかなように、上部プーリーの外周縁における速度、上部プーリーの半径及び上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの距離の各要素の相互関係によって決定されるものであることは明らかであるから、前記の放出時における被搬送物に与える衝撃の程度を考慮しながら、前記の各数値を適宜調整することは、当業者の容易になし得るところというべきである。」とされたもの。
(九)原判決の結論について
「以上の次第であるから、本願発明における数値限定は当業者が容易になし得るところというべきであるから、その効果も当業者において予測できる範囲内にあるものといわざるを得ない。したがって、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はないというべきである。」とされたもの。
四 争点
右判決理由の要点のうち、(一)、(三)、(五)は認める。しかし(二)、(四)、(六)、(七)、(八)、(九)は争う。(争点)
一、原判決理由の要点(二)(争点一)
二、原判決理由の要点(四)(争点二)
三、原判決理由の要点(六)(争点三)
四、原判決理由の要点(七)(争点四)
五、原判決理由の要点(八)(争点五)
六、原判決理由の要点(九)(争点六)
五 判決を取り消すべき事由
右各争点(一~六)についての裁判所の判断には、特許法第29条第2項の適用における明らかな誤りと経験則違反があり、法令違背の違法がある。
加えて、本願発明の本質が、本願明細書中に発明者の意思として明確に記載、表明されている事実があり、且つ特許庁の手続きにおいてもこのような理解のもと、格別な指摘もない状態のままなされたものであるにもかかわらず、出願人に何ら弁明の機会を与えずして原審決に違法がないとした原判決は、特許法の適用を誤ったものである。
さらに、原判決は審理判断されなかった公知事実との対比をもってなされたものであり、明らかに違法である。
したがって原判決は取り消されるべきである。
(一) 本願発明の本質
まず原判決を取り消すべき事由について記する前に、本願発明の本質は何であるかが問題になり、この点で原判決並びに原審決ともその認識に誤りがあるので、ここにこれを記すこととする。
すなわち、本願発明の本質は、発明の名称、特許請求の範囲、発明の詳細な説明の記載、並びに審査、審理の過程における手続きからみて、遠心排出方式および誘導排出方式を除外した、全く新しい慣性排出方式を案出したところにある。
先ず仮に穀物用のバケットコンベアーを誘導排出方式とするためには、
<1>チェーンにバケットを取り付けること
<2>バケットを間隔を開けずに連続して取り付けること
<3>バケットの背面に案内用の溝を設けること
<4>バケットの大きさに対して、プーリー径が充分大きいこと
の四点の構成要件を満足しなければならない。
すなわち、<1>については、誘導排出方式では上部プーリーの位置でバケットが徐々に傾斜し、それにつれて被搬送物がバケット端部より流出するが、バケットがベルトに取り付けられていたとすると、流出が始まった位置では円弧運動中であり、バケットとベルトとの間に被搬送物が入り込んでしまい、直線運動になった時にバケットの姿勢が不正常となってしまい、搬送機能に支障を来すことは明らかである。従って、円弧運動中に流下した被搬送物を下方に落下きせるためにチェーンを用いなければならない。
次に<2>については、同方式は前方のバケットの背面を利用して被搬送物を滑落させるので、バケットを間隔を開けずに連続して取り付ける必要がある。
また<3>については、同方式では前述のように、前方のバケットの背面を利用して被搬送物を滑落させるので、個々のバケットに横方向に被搬送物が流出しないように案内溝を設ける必要がある。
さらに<4>については、誘導排出を行うためには、円弧運動時のバケット間に被搬送物が流下しないよう、円弧運動時においてバケット間隔を小さくする必要上、バケットの大きさに対して少しでもプーリーの大きさを大きくすることが不可欠であり、本願発明にあるように、上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さを上部プーリーの半径の1.2倍以上としたのでは、自ずと誘導排出方式による穀物搬送は行えない。
これら誘導排出方式において必要とされる要件は、特に穀物用という限定的な用途分、野にあっては、本願の出願当時において、特別な証拠を用いるまでもなく明白な周知の事実であった。
そして本願発明は、
<1>その発明の名称を「穀物用のバケットコンベアー」として穀物の搬送用に限定していること、
<2>特許請求の範囲にベルトを用いることが本願発明において不可欠な構成要件となっていること、
<3>本願発明の公告公報中の<発明が解決しようとする問題点>の欄中、第2欄18行~第3欄6行にわたる「ところが、前記の遠心分離排出方式では、・・・砕粒を招いたりする問題がある。」、また第3欄36行~第39行にわたる「しかし、遠心排出方式のバケットコンベアーでは、・・・機構上、これ以下に速度を押さえることはできない。」、さらに第3欄40行~第4欄4行にわたる「また、従来の他の排出方式のバケットコンベアーは、穀物の搬送用としては、搬送効率や製造コスト等の点で満足できるものではない。本発明は以上の点に鑑み、・・・穀物用のバケットコンベアーを提供せんとするものである。」との記載があること、
<4>次いで<発明の効果>の欄中には、「本発明のバケットコンベアーでは、バケットからの被搬送物の放出を慣性分離方式によって行うので、・・・減少させることができる。」とあること、
<5>また<図面の簡単な説明>の欄において、「図面は本発明のバケットコンベアーの要部側断面図である。」として、図に示されたものが本願発明の構造を特定したものとなっていること、
<6>原審判において、特許請求の範囲について、「一、昭和六二年八月五日付け手続き補正書第一頁第八行には『プーリーの外径』とあるが、『外径』とは『直径の長さ』のことであるから、同頁第八行~九行の『上部プーリーの外径からバケット口端までの長さ』の記載は、何を言おうとしているのか不明である。」、「二、同書第一頁第九行の『バケット口端』とは、バケットの開口周縁部のうちのどの部分のことを言うのか不明である。」、「三、同書第一頁第一〇行に億『1.2倍以上』、また同頁第一一~一二行には『毎秒1.8m以下』とあるが、このような具体的な数値限定の根拠が不明である(すなわち、たとえば『1.2』という数値の根拠、『1.2倍』の代わりに『1.1倍』では本発明の対象とはならない理由等が不明である。」との理由により、特許法第三六条第三項及び第四項に規定する要件を満たしていないとして平成二年一月二五日付けで拒絶理由通知が出されている。これに対して、上告人は平成二年四月六日付けで手続き補正を行い、本願発明の公告公報のとおりの内容で出願公告決定となっていること、
により、前述の誘導排出方式を除外したものであることは明白である。また、右<発明が解決しようとする問題点>および<発明の効果>の欄の記載から、遠心排出方式や完全排出方式も除外したものであることは明白である。従って、右本願明細書中の記載から明らかなように、本願発明の本質は、誘導排出方式のみならず遠心排出方式や完全排出方式のいずれにも属さない新方式、すなわち慣性排出方式という新概念によるバケットコンベアーを実現したところにあることは疑いもないことである。
(二) 争点一(放出位置の限定について)
原判決理由においては、「本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、被搬送物のバケットからの放出位置を限定する何らの記載もない」とされているが、本願発明が誘導排出方式、遠心排出方式、完全排出方式といった従来のいずれの穀物搬送方式にも属さないものであることが明らかである以上、上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さと上部プーリーの半径との比率、およびバケットの開口縁外方端の周速を限定した構造とすることによって、必然的にバケットが円弧運動から直線運動に移行する位置で被搬送物の放出が行われるという作用が得られるのである。
また、特許法第36条第5項においても、特許請求の範囲の記載要件として、「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあること」を定めており、特許請求の範囲に作用に関するところの、被搬送物の放出位置を記載する必要も無く、また本願発明が誘導排出方式のみならず遠心排出方式や完全排出方式のいずれにも属さない新方式、すなわち慣性排出方式という新概念によるバケットコンベアーを実現したところにある点に照らすと、本願特許請求の範囲の記載内容をもって、被搬送物の放出位置が自ずと限定されていることは明白であり、争点一における原判決理由は判断を誤ったものである。
(三) 争点二(バケットの回転の遅れ角度αについて)
原判決理由においては、「『回転の遅れ角度α』とは、バケットの取り付けネジとバケット内にある穀物の重心との間の角度を意味する」点を認め、本願明細きの特許請求の範囲の記載はもとより他の記載を精査しても、この「回転の遅れの角度α」に言及した記載は見当たらないので、結局「回転の遅れの角度α」を限定したしたとすることはできないとされているが、本願明細書中の<図面の簡単な説明>の欄には、「図面は本発明のバケットコンベアーの要部側断面図である。」として明確に断定し、なおかつ図面の記載から、バケットの取り付けネジとバケット内にある穀物の重心との間に、一定の回転の遅れの角度αが存在することは容易に理解できる。むしろ従来のバケットの形状からして、いかなる状態であっても必然的に「回転の遅れの角度α」が生じるので、この点は改めて明細書中に記載するまでもなく、穀物用のバケットコンベアーにおいては広く周知の事実であったといえる。そして、この回転の遅れの角度αの具体的数値は特別に限定せず、本願発明の公告公報中の第4欄34行~43行における「本発明の・・・このような構造は、その概略に於いて、従来のものとほぼ同じであるが、」との記載のとおり、従来から用いられているところの図面記載のバケットを用いるという前提のもと、これと一.二倍という比率との組み合わせによって、本願発明の作用効果を得るに足りる回転の遅れ角度αの存在を限定している。
従って、このことより「回転の遅れの角度α」の存在は限定的要素として具体的に記載されており、「他の記載を精査しても、この『回転の遅れの角度α』に言及した記載は見当たらないので」とした前提のもとでの争点二における原判決理由は、判断を誤ったものである。
(四) 争点三(バケット周速の下限値限定について)
原判決理由においては、開口縁外方端の周速の下限値が限定されていないことをもって、本願が誘導排出方式を包含しているとし、且つ誘導排出方式においては、被搬送物が円弧運動から直線運動に移行する以前に放出を開始することは明らかであるとされている。しかしながら、本願明細書にて明らかなように、本願発明には誘導排出方式を構成するに不可欠な右<1>~<4>までの四つの構成要件が完全に排除されており、仮にバケット開口縁外方端の周速を必要以上に遅くしたとしても、右<1>~<4>の構成要件が満足されていないことから、誘導排出方式にて排出されずに、アゴ板部への排出そのものが行われなくなるだけであることは明白である。加えて、上告人の認めるところの右原判決理由の要点三において、「・・・これらの記載によれば慣性排出方式は上記2点の特徴によって他の排出方式との区別が可能であるとしそいるものと解される。」とし、上告人によって提唱したる慣性排出方式の思想を認めていること、および右本願発明の本質において述べたように、本願は誘導排出方式のみならず遠心排出方式や完全排出方式のいずれにも属さない新方式、すなわち慣性排出方式という新概念によるバケットコンベアーを実現したものである点に照らしてみれば、円弧運動から直線運動に移行する以前に被搬送物の放出を開始しないことは明らかである。
これらのことは、上告人が実験的に確認したものであって、事実に相違ないものであるにもかかわらず、右の如く想定したこと、並びに原判決の認定を裏付ける証拠、資料を示すことなくなしたことは、事実の誤認、判断の誤り、法適用の違反もはなはだしいものである。
従って、本願発明において、円弧運動から直線運動に移行する以前に放出を開始することは明らかであるとした、争点三における原判決理由は判断を誤ったものである。
(五) 争点四(誘導排出方式との関係について)
原判決理由においては、「本願発明は従来の誘導排出方」式を包含することは明らかであって、その意味で従来の誘導排出方式の改良を目指した発明と解するのが相当である」とされているが、この前提となっている事実認定は、バケットが円弧運動から直線運動に移行する以前に、バケット内の被搬送物が放出を開始し始めると推定した点にあり、これは本願明細書の記載に基づく右本願発明の本質から明らかに逸脱するものであって、且つ本願明細書中の記載からは到底導き出せるものでもない。そして「かかる観点において前記限定の技術的意義を論じた証拠はなく、いずれにしても、前記数値限定の技術的意義を認めることは困難といわざるを得ない。」とされているが、本願発明の本質および本願明細書の記載に照らしてみると、本願発明が従来のいずれの穀物搬送方式にも属さないことが明らかである以上、従来の誘導排出方式との比較という観点で技術的意義を論じるべきものとする事実認定は、その理由に齟齬があることは明らかである。従って、争点四における原判決理由は判断を誤ったものである。
(六) 争点五(バケット周速上限値と穀物の損傷との関係について)
原判決理由においては、運搬速度として、従来の完全排出型における公知の搬送速度であるところの35m/mnを採用し、これに本願明細書中に記載の、上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの距離を適用して彼搬送物の放出速度を試算し、これが1.8m/s以下になるとされている。しかしながら、本願発明の慣性排出方式は、本願発明の特許請求の範囲および発明の詳細な説明並びに図面の記載に基づく本願発明の本質、並びに審査、審理の過程における手続きから明らかなように、被搬送物の放出速度でもって公知の遠心排出、誘導排出、完全排出の各搬送方式と区別されるべきものではなく、あくまで被搬送物の放出位置によって区別されるべきものである。そしてこの前提のもと、特許請求の範囲の限定事項によっても被搬送物の放出位置は明確に限定されており、ここで被搬送物の放出速度が公知例の範囲内にあることを議論する点は、その理由に齟齬があって無意味である。また、「バケットからの穀物の放出速度は、アゴ板への衝突速度を決定する前記の諸要因の中でも最も重要な要因であることも経験則上明らかである」という認識の上に立って、本願発明の慣性排出方式における各数値限定が、従来の完全排出方式の放出速度の試算値を援用して、当業者にとって容易であるとする判断は、原理の異なる搬送方式間の比較であって、その理由に齟齬があり無意味である。また原判決において、搬送速度が毎秒1.8m以下の低速搬送が可能な公知例として採用しているものは、複雑な構造を有する完全排出型であり、これに対して本願発明は、極めて簡単な構造で低速搬送を可能とた点に特徴を有する慣性排出型である。そして、この特徴を勘案せずして、単に低速である点のみを採用して両者を比較判断することも、その理由に大きな齟齬がある。従って、争点五の原判決理由は判断を誤ったものである。
(七) 争点六(原判決の結論について)
原判決理由の要点九においては、現判決の結論として、右原判決理由の要点一から八をもって、「以上の次第であるから、本願発明における数値限定は当業者が容易になし得るところというべきであるから、その効果も当業者において予測できる範囲内にあるものといわざるを得ない。したがって、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はないというべきである。」とされている。しかしながら、右原判決理由の要点一から八には理由の齟齬あるいは判断に誤りがあることに加え、審判において審理されなかった「本願発明における慣性排出方式と、公知の遠心排出、誘導排出、完全排出の各搬送方式との比較」の点に論及している。
すなわち、当審の判断の要点は、「バケットが、上部プーリの位置で旋回運動から直線運動に移るときには減速作用を受ける」とする点、「バケットが減速作用を受ける際には、バケット内の穀物が、慣性によってバケット内から外方へ向けて放出されるような作用を受ける」とする点、「バケットの減速度が大きい程、慣性によるバケット内の穀物のバケット内からの放出作用が大きく働く」とする点、「上部プーリーの半径に対する上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さが長い程、他の条件が一定である場合には、バケットの減速度はより大きくなる」とする点、「上部プーリーのところを円弧上に通過する際のバケットの開口縁外方端の周速が遅い程、他の条件が一定である場合には、バケットの減速度はより小さくなる」とする点、のそれぞれは、当業者にとっては格別の解析を待つまでもなく自明のこととして認識されるところであり、また、「バケット内がら放出された穀物が衝突するアゴ板、およびバケット内から放出された穀物を受け入れて排出する排出口の、大きさやバケットコンベアーに対する相対的な位置関係が重要であるものと認められるが、前記アゴ板や排出口に関する事項については、本願発明に欠くことのできない事項とはされていない」とする点、さらに、「上部プーリーの外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さを、上部プーリーの半径の1.2倍以上とし、上部プーリーのところを円弧状に通過する際の、バケットの開口縁外方端の周速を毎秒1.8m以下とした数値限定は、ごく限られた実験データから推測された一応の目安としての限定であって、これをもって直ちに客観的な根拠に基づく数値限定であるとは言い難い」とする点を総合して勘案し、結局、本願発明は、当業者が公知の発明に基づいて容易に発明をすることができた、というものである。
このように当審においては、「本願発明における慣性排出方式と、公知の遠心排出、誘導排出、完全排出の各搬送方式との比較」の点には全く論及されていない。したがって原判決は、「審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は審決の違法又は適法の理由として主張することができない」とする、従前の最高裁判所の判例、昭和四二年行ツ第二八号判決に反し、明らかに違法である。
また、仮に原判決理由の要点七の如く、本願発明が、数値限定の下限値がないことを理由に、従来の誘導排出方式を包含すると判断されることがあったとしても、本願発明の本質が、公知の遠心排出、誘導排出、完全排出の各搬送方式のいずれにも属さない慣性排出方式であることが本願明細書中に発明者の意思として明確に記載、表明されている事実があり、且つ特許庁の手続きにおいてもこのような理解のもと、また右数値限定に関する二点についての格別な指摘もない状態のままなされたものである以上、裁判所において出願人に何ら弁明の機会を与えないということは、特許法の適用を誤ったものである。
すなわち原判決はその判決理由において、「確がに、本願明細書によれば、その発明の詳細な説明の欄には、『<作用>本発明のバケットコンベアーでは、ベルトを駆動することにより、バケットが循環移動する。バケットが下端部を旋回移動する時、被搬送物を掬い取り、上端部を旋回移動する時、穀物を放出する。この被搬送物の放出は慣性分離方式で行われる。即ち、バケットが上部プーリーの位置で旋回運動から直線運動に移る時、バケットには急減速作用が生ずる。そして、この急減速の瞬間にバケット内の穀物が慣性によってバケットから飛び出す。ただし、慣性によって穀物を確実にバケットから放出する為には、減速度が一定以上でなければならず、上部プーリー外周縁からバケットの開口縁外方端までの長さを、上部プーリーの半径の1.2倍以上にすることが必要である。』(4欄15行ないし29行)との記載および上記の記載内容に沿う図面が認められ、これらの記載部分を参酌すれば、本願発明における被搬送物の放出位置は、バケットが上部プーリーの位置で旋回運動から直線運動に移る時と限定されているかのようにみえなくもないが、」とし、本願発明の慣性排出方式が、本願明細書の記載をもとに、公知の遠心排出、誘導排出、完全排出の各搬送方式に対して、被搬送物の放出位置の違いによって区別しうるものであることを認めている。してみれば、本願明細書に記載された発明は、当業者において容易に予測できたというものではなく、むしろ慣性排出方式という、従来にない全く新しい穀物の搬送方式の発明という事実のもと、その特許請求の範囲の記載が特許法第三六条第五項の要件を満たしていない、という点で拒絶理由が通知されるべきでものある。したがって、本件判決は再審理を要す、との判断をすべきである。
特許法はその第一条で、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と定めており、この法律の他の条文はすべて本条に規定する目的に帰一してくるものであり、各条文の解釈にあたっても本条の趣旨が参照されるべきことはいうまでもないことである。そして、本条の趣旨に照らしてみれば、本願明細書中に本願発明の本質が発明者の意思として明確に記載、表明されている事実がある以上、出願人に何ら弁明の機会を与えないということは、発明の保護という本条の規定に反するものといわざるを得ない。
六 結論
以上のように、本件判決においてなされた各争点の判決理由は、その判断に判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りがあり、また理由に齟齬があり、これらは取り消されるべきであって、加えて本件判決において誘導排出方式との関係では、審判の段階で全く議論もなく、上告人への弁明の機会を与えず、しかもその理由には右の如く判断の著しい誤りと齟齬がある。したがって本件判決は特許法第二九条の適用において誤りがあり、明らかに違法である。
以上